ときどき
まだ生きているだけで、精一杯になります
息子が小学校に入学する直前
母が数年前にパーキンソンを発症して、日常生活がままならない状態で
父が入院、手術という事になりました
まだ、介護保険の制度が必要と、少しずつ社会が認識し始めた頃でしょうか
実家は遠く、私が毎日行って世話をする?など、どんなに頑張ってもできない距離
父が入院して、ある日、何かいい方法はないかと電話帳をパラパラめくっていたら
家事を手伝うための相互扶助をする団体がある❗️発見しました
阪神淡路よりも以前の事で、ボランティア?
それは何ですか?
の時代の事です
団体の方に来て頂き、事情を説明して助けを乞い、こころよく引き受けて頂きました
そして、息子が小学校に入学して間もなく、
以前に友人から聞いていた場所を、たまたま通りかかる機会があり、
一年間の講習を受けて、ボランティアを始めました
目の見えない方のために、あらゆる活字を
自分の声で音声にしていく
音訳ボランティアです
母が受けた恩を返したい思い、
元々が読書好き、そして、今はそうでもないですが、年齢的に子供が望めなくなっていた事
そんな要因が重なって、ずいぶん頑張っていました
10年ほど前からでしょうか、カセットテープから様変わりして、今はCDやらMDやら、デジタル化しています
まだヒヨコだった私が、カセットテープに吹き込んだある文庫本がデジタル化される事になり、当時は見逃された読み間違いを、改めて見つけていただきました
修正をして欲しい、と言われています
断れば断った、になるのだろうか?
たとえボランティアと言えども、そんな無責任な事をしたら、
一生懸命に何かをする事の大切さを息子に見せる為でもあった私の行動や過去を否定する事になりそうで、それも辛いのです
お互いにあまり家族の話しはしない、ボランティア仲間ですが、
事情を話して、待ってもらえるなら、その方が良いのだろうか?
やっとの思いで生きている私には、重過ぎる状況です
長々とm(__)m